2003日野新選組まつりの沖田総司
■ 沖田総司ページ準備中です。井上本家、井上分家との関わりの史料が出てきています。 まだ調査中ですが、確定次第公開の予定です。総司は日野との関係も多くご期待下さい。
2002日野新選組まつりの沖田総司
八坂神社、天然理心流奉納額
若き日の沖田総司の名前が読取れます。
沖田総司のイメージ、純白可憐な紫陽花
沖田総司も訪れた日野佐藤道場
沖田総司も乗った多摩川の渡しの碑
沖田総司も見た多摩の山並
日野市商工会認定イラスト 転載禁止
沖田総司 新選組副長助勤 一番隊組長
■ 沖田総司は陸奥白河藩士沖田勝次郎の長男として麻布の白河藩邸で生まれ(1842)天保13年、父勝次郎死去に伴い沖田家はみつに日野、井上林太郎が養子となり家督を継いだ。
総司は9歳のとき天然理心流三代目、近藤周助の試衛館に住み込み剣術の稽古に励んだ。天才的素質から20歳の時には試衛館の塾頭になった。 出稽古で日野に来た折には佐藤彦五郎の息子、源之助にも手加減無く稽古をつけ、弟子達も沖田総司の厳しい教え方には腰がひけた事のあったようである。 現存する写真がないのが残念ですが「燃えよ剣」で作られた好イメージが人気の秘密になっている。